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音が出ないよう、そっと黒毛はドアを閉めて外へ出た。
なぜか俺は黒毛に着られている。
自転車に乗って人をかき分けるように進み、小汚いビルの前で降りた。狭い階段をゴツゴツと音を立てて上り、懐かしい匂いのする広い場所に入っていった。
「いらっしゃいませ~。きゃあ、ねえさん久しぶり! 髪型変えた? 痩せた? 雰囲気ちがう~」
髪の毛の大きな女が近づいてきた。
「店 行く前にちょっと寄ったの。顔見に来ただけだけど」
「ぜんぜん、オッケー。ていうかぁ、なんか雰囲気ちがくね?男?男できちゃった?」
髪の分量は大きいが 背の低い女が、ぐいと近づいてきた。
「すごっ。なんでわかったの?」
「そのジーパン、ねえさんっぽくないし」
「そう。これ彼氏の着てきたの」
マモル君の部屋の外で、頬を赤く染めている黒毛は珍しい。
「あーはいはい、そういう事ですか。めでたいねぇ♪ 誰よ、私の知ってる人?てかそのジーパン、うちで買ったヤツじゃね?」
「違うよ、これはマモルの行きつけ。公園の裏手にある 昔からの古着屋さん知ってる?」
「あーあそこ。高いよね。ウチらが買うもの無いって感じ。こだわってる人が行くとこでしょ。カリパクしたの?」
髪の分量が大きな女は、不機嫌そうに腕組みをした。
「んなわけないじゃん。カリパクって言えば、ユカがうちに来たときに貸した服、まだ返してもらってないんだけど」
急に上目遣いになり、ユカの声がワントーン高くなった。
「ほんとだ!ごめんねえさん。まだ洗ってないの。すぐ返すから。あの日は本当に助かりましたぁ。」
「(・・・まだ洗ってないって何ヶ月そのままなの) まぁいいや。あれから大丈夫なの?」
「大丈夫よ、てかユカも悪いと思うの。彼ってああ見えて繊細だから悪気は無いんだと思うんだ。」
「まだそんな事言ってるの。いい加減怒るよ!」
「待って、ねえさん。聞いて聞いて。ユカ、ワンルーム借りたよ!言われたとおり炊飯器も持って出たし。マジあれ無いとヤバいわ。金が。」
「彼ん家 出たんだね!えらいっ。よく頑張ったね。ユカ、よく働くし全然ひとりで大丈夫だよ」
「そうなんだけどね・・。他に女 居そうなんだよね」
「えっ?別れてないの?・・・あ、時間だ。そろそろ店行くね。また聞かせて」
黒毛は軽く手を振って、古着屋を出た。
少し後ろにズレた大きな髪を元の位置へ直しながら、またねーっと叫ぶユカ。
俺という戦利品を見せつけに行ったはずの黒毛は、どこか不完全燃焼な想いをぶつけるように 自転車のペダルを力強く踏んだ。