小説

俺はインディゴ名前はまだない(28)

beans

いつも読んで下さりありがとうございます。

更新をお待たせいたしまして 申し訳ございません。

本日 28話 更新いたしました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

28

 

人間の着る衣類として生まれた俺を、初めて着たのは 華奢な高校生だった。

とはいえ、俺を選んだのは その高校生では無く「マム」と呼ばれ一緒に暮らす女だ。学校で俺のようなデニムパンツが流行っていたらしく、世間と足並みを揃えることで喜ぶと思い込んでいた マムの愛情表現らしい。

残念ながら華奢な高校生は、くたびれた灰色のサックスパンツが気に入っており、俺は一度しか履かれたことが無い。

 

灰色のサックスパンツを好むのは、同じ家に住む「ダッド」と呼ばれる男の影響だろう。

灰色のスーツを着て、毎朝そそくさと家を出て行く。何事もない様子で過ごしているが、夜な夜な寝ている途中でうなり声をあげ、休日は消えてしまいそうな存在感を引き留めるように 大きな銃を持ってアウトドアへ出かけていく。戦争での記憶が蘇り、たびたび正気を保てない様子なのだが、タフなイメージを演じることが 家族の愛情表現だと信じている。

 

演じるといえば マムも興味深い出で立ちだった。豊満な胸を引き立たせるような ウェストの細い衣類。足元には細く不安定なヒールが身体を支え、曲芸のように掃除や料理をこなした。そんな生活が素晴らしいと、雑誌で繰り返し説く。そして雑誌が言うとおりに 唇をベットリと赤く塗りあげ、生まれ持った賢い頭が本領発揮してしまうことを恐れていた。マムは自ら従順に演じることが、ダッドへの愛情表現だと信じていたのだろう。

 

人間とは とかく「愛情表現」が下手な生き物のようだ。

自分らしい表現を探す時間を奪うように、誰かが作る情報が生活に入りこむ。愛情があっても、伝え方がわからない。伝わることの無いシステムなのだ。埋め合わせのようにモノが増える世界・・・もしかすると、俺もそのモノの中のひとつなのだろうか。

 

そんな世界で生きる人間は、見ていて飽きることが無い。衣類に生まれて来たのも何かの縁かもしれないと 今では思う。

 

俺を衣類として長く受け入れたのは、高校生よりも5歳年下の「マイク」だ。

彼は賢い人間だが、ダッドをはじめ家の人間は 彼の未熟さを探し出しては

「お前はダメだ」

「うるさい、マイク」

などと日常的に卑下していた。さらに、

「可愛いマイクは、こうするわよね」

と言う、自由意志を奪うマムの語りかけに応えるよう、彼は自身の頭を使うことを拒んでいた。それがマイクなりの愛情表現だったのだ。

 

彼は家の歪みを一身に受け、家を取り繕っていたとも言えるだろう。

彼は 賢い人間だったのだ。

 

マイクが俺を着るのにちょうど良い大きさに成長した頃、 家に 四角い箱 がやってきた。

 

テレビだ。

 

家の人間がテレビの世界で過ごすことが増え、ますます愛情表現のやりとりは意味の無い茶番になっていた。

そしてマイクは俺を着て出かけたまま、家に戻らない日が増えていった。

 

(29へ続く)

 

コメントを残す

*