小説

俺はインディゴ名前はまだない(33)

beans

 

33

 

建物の中で 俺にハンガーが付けられた。それから数十ヶ月のあいだ、沢山のパンツと共にラックに掛けられ続けたのだが、工場でも家のクローゼットでも無い空間で過ごす時間は、はじめてのことで興味深い体験だった。

 

俺のような衣類は、ズラリと並べられたラックにぶら下がり、皿やら花瓶やらは棚に置き並べられる。太陽の光が入ってまもなくすると 人間たちがそれらを見に建物に入ってきて、気に入ったものは手に持ち、レジと呼ばれる場所の人間に金を払って持って帰るというシステム。

 

払う金の量は、棚やラックに並べられる前に決められ記される。花瓶であるなら、べたりと四角く小さなシールが貼られ、レザーシューズはソール裏に白や黄色いチョークで書き込まれた。俺には四角いシールが貼られた。

 

ラックの向かい側の棚に並べられた 花柄のマグカップとは気が合い、月明かりが美しい夜に気分良く語り合ったものだが、まもなく人間の目にとまり旅立って行った。

 

俺を手に取る人間はひとりも居ない。

手に ”取られなかった” というよりも、”取れなかった”のだ。

俺が掛けられたラックは パンツがぎっちりと吊り下げられている。ひとつのパンツを引き出そうとしても、隣のパンツとくっついたまま動かない。大柄で腕っ節の強そうな女が 俺の2本となりに掛けられた緑色のパンツを力任せに引きだしたことがあるが、パンツ達が一塊に揺れたかと思うと、ガコンと音を立ててラックのパイプごと床に落ちた。そしてまた、大量のパンツの塊のまま ギジギジときしむラックに掛け戻された。

そんなわけで、俺の掛かったラックは取れないだけではなく、見るからに 触ると面倒がおこる腫れ物のような存在になっていたのだ。

 

触れられることの無いラックの中から、並べられては旅立っていく皿や衣類を見送る生活が続くのかと思っていたが。

とつぜん俺も旅立つときが来た。

 

「マイクの倉庫に届けるから、デニムパンツだけ裏のカゴに入れて置いてくれ」

ときどき現れる テーラードジャケットを着た男がレジの男に言った。

「はい、わかりました」

そう言ってレジの男が 俺の掛かったラックのパンツを全て運びだそうとすると、慌ててテーラードジャケットの男が呼び止めた。

「いや違う。デニムパンツだ。ええっと…そう、ブルーやライトブルーのこんなパンツだけだ」

「はぁ、わかりました。同じ色ばかり変なオーダーですね」

レジの男は運ぶ足を止めて、不思議そうにデニムパンツを摘まむ。

「日本人が明日、マイクの店に それを買いに来るらしい。沢山な。そういうことだから頼んだよ」

 

掠れたブルーカラーの俺は レジの男に選ばれ、裏のカゴへと運ばれた。

 

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