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ビルの向こうは またビル。こちらもビル。
ビルとビルに挟まれた夕暮れは、虫の音も夕日の後ろ姿も感じることは無い。ただ灰色の空気が、こそいら一体を沈み込んで 夜がやってくる。
灰色になっていく街を、マモル君は俺のポケットに手を突っ込みながら歩いている。
「あっ」っと呟くと同時に、前方から歩いてくるワイシャツの男も、こちらに気がついたようだ。のっしのっしと歩いて近づいてくる。
「奇遇だね。昨日の面接の・・やまもと・・」
「山川です。昨日はありがとうございます。社長、お出かけですか?」
どうやら昨日、珍しくスーツを着て出かけたのは 面接へ行っていたのか。
「・・そうだ、君も来ないか。今からどうだ」
「えっ?良いんですか?面接の合否・・あれ・・いや、ありがとうございます。えっと、今なにも持ってなくて」
「大丈夫だろう、行きつけのママに合わせてやるよ、妖怪ババアだけどな。ババアはラウンジじゃないと言い張るが、小綺麗な子が入ったようだし 丁度いい」
「えっ。ラウンジ・・」
話し方も のっしのっしと突き進むような小男は、顎に被りそうなほど襟が立ち上がったワイシャツを着ている。丁寧に仕立てられたような凜とした一着だが、襟の高さは男の好みだろうか。
「あ、あの高そうなイメージなのですが・・」
「いいや、ババアの所は座るのに3万ぐらいだったかな。そういう事は任せときなさい。そう、あれは7年ぐらい前だったか、バブルだったから あの頃はもっと」と、長い思い出ばなしを続けるうちに、店の前に着いた。
「いらっしゃいませ」
カランコロンと鳴るドアを開けると、女のしゃがれた声が響いた。
「いらっしゃいませ、鈴木様。少しお痩せになったのかしら。あ、お連れ様ですか」
外では見かけない繊細な生地で仕立てられた、ボディラインが美しく際立つドレスワンピースを着た女が奥から出てきた。
ドレスだけも空間が華やいでいたが、俺を見るなり しゃがれたドレスは火が消えたような空気を醸し出した。
「・・7時から団体様が入ってて、今日はちょっとお席がご用意できないのよ」
「団体って、どれぐらいだよ」
「5~6人ぐらいとお聞きしてるんですが騒がしそうなので、鈴木様にはゆっくりしていって欲しいの。来てくださる前に、お電話くれたら良かったのにぃ」
「6人ぐらいなら、カウンターでいいよ。すぐ帰るから」
「それが会社の子らを作れてくるらしく、途中で増えるらしいのね」
「気にするな。大丈夫だから一杯で帰るし」
突き進むワイシャツは譲らない。
「ええ。ここまで来て頂いて嬉しいし、寄っていって欲しいけど。急がなくても、ゆっくりお着替えしてから来て頂いても・・ねぇ」
と言って、チラリと俺を指すように視線を投げた。どうやら俺は店に入れない衣類のようだ。
「・・あ、ああ。そうか。まぁ良いじゃ無いか、最近は客も減っているんだろ?」
するとしゃがれたドレスは早口に
「それはちょっと、ねぇ。この場所で店 してますから。鈴木様ならわかるでしょ。うちのルールがあるんですよ。長い付き合いじゃないですか」と、突き進むワイシャツを上回る突進力で熱く語りだした。
「お、おう。わかったわかった。今日はやめとくから」
そう言うと突き進むワイシャツとマモル君は、エレベーターに乗り込み店を離れた。
「まだ時間あるか」
「はい!」
外に出ると、ビルとビルの隙間にネオンが輝いていた。
なぜか結束が強まったような二人は、荒波を探しに行く少年のような足取りで、灰色の夜繰り出していった。