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俺の隣に三つ折りにされたデニムパンツは、よく喋る。先週からクローゼットに入って来た服だが、キャリーバッグに居る ここ数日で、こんなに親しくなるとは思わなかった。
「糸が違うんですよ。俺は日本で生まれていますが、本物の糸を見たのは初めてです。まあ、工場から店に来て、ここですから そうなりますよね。」
「あぁ」
少し意味がわからないが、俺を褒めているようなので悪い気はしない。話の腰を折らない程度に 合図を打つ2日間だった。
「そうそう、その感じになるための糸なんですよねぇ。いやぁー。話には聞いていたけど、これが、あの」
ジロジロと眺められている。この数日ずっとこの調子で、見つめられることに慣れてきた。
「アメリカさんはボタンフライですか?」
いつの間にか“アメリカさん”と呼ばれていた。
「いや、ジップだが」
「ほほう!俺の親分より若い生まれでらっしゃいますか。親分に合ったことはありますか?1930年代に生まれているんですが」
「どうだろう。ダブリューさんに似た服に、昔、会ったことがあるかもしれませんが。言われるまで考えたことも無かったもので。お役に立てず申し訳ない」
服の細部に興味を持った 服 には初めて出会った。ちょうど「W」の文字が大きく描かれたラベルが見えたので、ダブリューさんと呼ぶことにした。
しかしながらマモル君に出会ってから、俺に興味を持った人間は「ああ、ジップか」と なぜか落胆されることが多かった。俺の価値は、好き勝手な妄想で変化するようだ。
少し残念そうにダブリューさんは、また糸の話しに戻っていった。
しばらくすると、キャリーバッグの外にマモル君の声が近づいきた。
「会議に遅れそうだったのでの、直の出社になりまして。ここに、トランク置かせてもらってます」
「うふふ。社長、けっこう予定をぶっ込んで来るから みんな同じよ。荷物は気にしないで。出張も急だったでしょ」
「ええ、まぁ。大丈夫っす」
ぱかーっとキャリーバッグが開けられると、まぶしすぎる蛍光灯の光と マモル君の手が入ってきた。
「これ・・・おみやげ です。あ、袋がぐちゃぐちゃだ」
「ありがとうございます。みんなに伝えて、給湯室に置いておきますね」
キャリーバッグの扉を閉めようとした そのとき、衣類が ぐちゃりと端に偏っているのを見つけたマモル君は、
ダブリューさん だけを 優しく畳み直し、パタンと閉めた。