小説

俺はインディゴ名前はまだない(31)

beans

 

31

 

トランクケースで 人間と触れることの無い時間が始まった。

 

 

はじめの数年間は、人間で言う「寂しさ」に似た気持ちだったのだろう。ジップ周辺すべてがポッカリと抜け落ち、大きな穴が空いたようだった。

 

そんな空虚な日々が続いたが、ふと見渡してみると 斜め下に詰め込まれたレース織物に、細長く三角形をした生物が住み始めた。それは口から糸のようなものを吐き出し、その糸を取り込んだ生物が卵を産み増え続ける。レースにたっぷり含まれたポテトやパンの食べカスを、彼らは好んで食べていた。

 

ただただ増える生物は、カサカサになっていくレース織物をかじり尽くし、10年を過ぎた頃に居なくなったが、人間を見なくなったときのような寂しさはなかった。俺は衣類なのだと再認した時期でもある。

 

同時にトランクケースで生まれた「寂しさ」。この耐えがたいむなしさの、質が変わってきたのもこの頃だ。ポッカリと空いた「穴」は、見えるか見えないかまで淡い色の、糸の奥にこびり付いたシミのような存在になっていた。

 

またそこから数年経ったころ、トランクケースが持ち上げられた。外から人間の声がする。

 

「すごいホコリ。これも持って行くわ、何が入っているのかしら」

若い女の声だ。どことなく白いパンツの女の声に似ている。

「服とかじゃなかったかしら。その辺りのバッグや箱の中身は、全部 テーブルクロスやらシャツやら、布の物ばかりだったわね」

これは白いパンツの女の声だ! 久しぶりに聞く声は、記憶よりも低く穏やかなトーンだった。

「こんな古い物、だれが使うのかしら」

「そうね。とりあえず一度、教会へ持って行きましょう」

 

俺は教会という場所に持ち込まれていくと悟り、トランクケースの中からマイクの家にサヨナラを告げた。

 

 

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