9
ロッカーの外から聞き慣れない声がする。どうやら笑顔の不自然な女が、誰かに話しかけているようだ。
「吐き気はする?タクシー呼ぼうか?」
「よくある事なので大丈夫です。貧血だと思います、すみません。歩けるようになったら戻ります」
「さっき雨降り出したから、もうランチ来ないと思うよ。店は大丈夫だから、今日は帰って」
マモル君に話すときと違い、飾りの無い声でも話せるようだ。ここから表情は見えないが、笑顔は今も不自然なのだろうか。
聞き慣れない声が「すみません・・」と弱々しく答えると、バタンと部屋を出る音がしてひとりになったようだ。聞き慣れない声のため息が聞こえ、その後、かすかな寝息が聞こえる。
数十分も過ぎた頃、ドアのガチャリと開く音がした。
「あ、びっくりした。居たんだ。どうした?」
この声は、たしか優しいマネージャーと呼ばれる人間の声だ。
「・・・すみません、貧血で。もう大丈夫です。」
聞き慣れない掠れた声が答えた。
「大丈夫か?無理するなよ。送っていこうか?」
「はい、ありがとうございます。すみません、上がらせて頂きます」
がさごそと音がして2つ隣のロッカーが開き、また閉まった。
「・・・お先 失礼します」
「気をつけてな」
この聞き慣れない声を、この日を最後に聞くことは無かった。
聞き慣れない声が出ていったのだろう。バタンとドアの締める音・・・・まもなく俺のロッカーが開いた。
優しいマネージャーだ。
俺のポケットに入っていた財布を取り出し、数枚入っていた紙の1枚を抜き出して また財布をポケットに戻すと、
そっと優しくロッカーを締めた。